タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

予備試験が悟りをひらくとどうなるか?

十年前、まだ司法試験を受けていた頃のこと。

その頃の法曹養成制度は大きく混乱していたころで、数十のロースクールがすでに廃校していた。だからなのか、残ったロースクールはランク制をとって補助金を分け合っていた。いちばん下っ端は0%、すこしましになると60%、その上には70%,80%,90%のロースクールがあって……という感じだった。それぞれに補助金額が違うわけだ。

私を担当している人は,ランク外の予備試験さんといった。だから店に行くたび次のように挨拶されていた。

「よろしくお願いします、予備試験です」

これでいつも笑いそうになっていた。「すげえ謙遜してくるじゃん」と思ったからだ。毎年,あまたあるロースクールを押さえて2位に大差をつけて堂々と司法試験合格率のトップを走っている。それなのに「本道」であるロースクールをたててあくまで「予備」と名乗っている。まあ、自分のランクだからそう名乗らなきゃ仕方ないということなんだが。

予備試験さんはプロセスに余計な時間や金を要求しない謙虚な人だったので、予備試験さえ通ればその後はすぐに司法試験を受験させてくれるのだったが、私はいっそのこと自信満々でいてほしいと思っていた。ひたすら自画自賛している予備試験を体験してみたかった。

つまり、「どうも、毎年司法試験合格率トップの予備試験です」にはじまって、

「今日はどうされます? 予備試験に通ると結局無駄なプロセスをショートカットして,弁護士としてカッコよくなっちゃいますけど」

「就職対策どうされます? 予備試験に通ってしまえば完璧になりますけど」

「予備試験だけだと不安なとこあります? プロセスを経てないわけですけど?」(いや,ぜんぜんない)

ずっと自画自賛してるわけだ。「合格者は若い」とか「大手事務所に就職きまった」とか「選ばれたエリート」とかつぶやいている。さらに調子が出てくると「青田買い……」と連呼しはじめる。ハサミの音と、BGMのジャズと、ためいき混じりの「青田買い……」である。

「あれ……お客さん……大手事務所から青田買いにあわれてませんか……?」

鏡ごしに言われる。

会計のときは、「この受験料だけでローに通うはずだった時間を買えるってすごくないですか?」と言われる。そして司法試験の受験票を渡してくる。

「これ5枚貯まったらどうなるんですか?」

「司法試験受験資格を喪失しますので,気をつけてください」

そんな男がいればいい。



しかし冒頭で書いたように、まだ上のランクがあった。だから予備試験はさらに進化するかもしれない。すると自画自賛はなりをひそめ、かわりに帝王のような威厳を身にまといはじめるだろう。真の強者はむやみに自分の凄さを語らないからだ。

私が試験会場に行くと、予備試験は玉座に深く身をしずめている。こちらに視線を向け、低い声で「今から問題文を配布します。試験に関係ないものはカバンにしまってください……」と言う。もはや公僕と国民という関係性はブッ壊れている。私は試験場からの退出を禁じられるし、具合が悪くてマスクをしていると「そのマスク取って」と不満げに顔と写真を照合された。

しかし、まだ通過点にすぎない。もうひとつ先の世界がある。

私が試験会場に行くと、予備試験がいる。しかしそこには若かりし頃の野心にみちた姿や、壮年期の威厳にみちた姿はない。静かに座禅を組んでいるのだ。背筋はスッと伸びている。その姿は雪舟の筆による一本の枯木を思わせる。

試験会場のドアを開けると予備試験は気配を察知してパッと目をあける。こちらが名乗るまでもない。予備試験はほほえんで言う。

「あなたが来ることは知っていました。受験番号と同じ番号シールが貼られた席に着席してください。」

ちなみに、願書は普通に提出している。

私は席に案内される(というか試験官はわざわざ案内してくれないので自分の席を探して勝手に座る)。予備試験はゆっくりと座禅を終え、私のうしろにやってくる。しかし手には昨年の法科大学院別の司法試験合格率の一覧を持っている。予備試験がダントツの1位である。私が不思議そうな顔をしたことに気づいたのだろう。予備試験は静かに語りはじめる。

「もはや、法曹志願者に法曹養成は不要なのです。この風、この空気、この大地、,外国一人旅,その毎日の生活すべてが法曹養成なのであり、法曹志願者は法曹養成と一体であるゆえに、あなたは法曹養成であり、法曹養成はあなたであり、予備試験は法曹養成であり、法曹養成は予備試験であり、ゆえにロースクールの法曹養成はなくともよいのです」

澄み切った瞳で言われるが、私はいまいち意味もわからないし、それよりも早く試験を開始してほしいと思っている。予備試験は口をひらく。

「試験を開始する必要はないのです。時が来れば自然と樹木が倒れるように、試験もまた自然と開始する時が来るのです。われわれにできるのはその流れに身を任せることであり、無理に試験を開始する必要はないのです」

すると前方で時計を見ていた試験官が「それでは試験を開始してください。」と言う。試験は開始された。

「試験が始まることは知っていました」と予備試験は言う。

私は無言で座っている。法文も何もない。

「もはや法文は不要なのです。法文ははあなたの頭の中にあり、あなたの頭の中の法文は紙の法文と同じであり、あなた自身が法文であり、法文はあなた自身であり,世界はひとつなのですから、紙の法文がないことを嫌がる必要はないのです」

「すみません……」

法文配布をずっと忘れていた試験官が謝罪の涙を流しながら慌てて法文を配布する。

そして長い沈黙。

規定の時間が経過し,どうも試験は終わったらしい。

私は受験票や文房具をカバンにしまう。法曹養成は試験開始時から何もさなれておらず,私はまったく変わっていない。問題文の問に対する解答を,解答用紙に書いたただけである。

「それでは退出されて結構です。忘れ物に注意して気をつけてお帰りください。」と試験官は言う。

そこは気を遣ってくれるのかよ、と私は思う。私は自分が優秀であると勘違いした心の貧困な予備試験受験生なのだから、気など遣わなくてよいのではないのかよ。

脱兎のごとく出口に殺到する受験生たちを前に,予備試験は無言で座禅に戻る。試験官ももう何も言ってこない。試験終了後の事務処理に忙しいからである。私は自分で階段を降りて試験会場を出る。

帰り道、受験生活ですっかり伸びたぼさぼさの髪をいじりながら思う。「来年の司法試験の勉強、始めないと」と。

元ネタ

美容師が悟りをひらくとどうなるか? - 真顔日記
http://diary.uedakeita.net/entry/2016/10/04/102424

法科大学院:最低評価7校 補助金配分で分類 - 毎日新聞
http://mainichi.jp/articles/20160927/k00/00m/040/052000c

あとがき

元ネタがとても面白いので、お時間があれば読んでみることをおすすめ致します。

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