タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

「【主張】法曹養成 活躍の場増やす努力せよ」産経ニュース

大新聞のロースクール推しは今に始まったことではありませんが,この記事には,クオリティが落ちたなあ,と寂しい気持ちすら感じました。
(以前の記事がクオリティが高かった,ということではありませんが)

プロ野球観戦で例えるなら,昔,憎らしいほど抑えられた敵チームのエースピッチャーが,力が落ちて滅多打ちにあっているのを見ている感じでしょうか。

【主張】法曹養成 活躍の場増やす努力せよ - 産経ニュース
http://www.sankei.com/column/print/161005/clm1610050001-c.html

(ページングが多いときは,印刷ページにするとページを遷移せずに読めます。豆知識です)

この記事で矛盾している点をはじめに指摘しますと,冒頭で「「弁護士余り」だといわれる」と供給過多の現状を紹介しながら,終わりの方で,潜在的需要があるようなことを書いている点が矛盾していると感じられます。

それなら,「弁護士余り」で余った弁護士が,潜在的需要に応えて法的サービスを提供すればいいではないか,と普通の人は思うでしょう。

または,こうした「潜在的需要」はそもそもないとか,仮にそのような潜在的需要があったとしても,ただ単純に弁護士を増員しても解消されない(別の制度整備が必要など)から増員を急ぐべきではない,と読めば,増員否定論の根拠にすらなりそうです。

法科大学院を中核とした法曹養成が狙い通りにいっていない。
司法試験合格率が低迷し、志願者が減っている。合格しても「弁護士余り」だといわれる

司法試験合格率の低迷はよく新聞も言いますが,弁護士の供給過多を正面から認めるのは珍しいと思いました。

これでは法曹を志す優秀な人材が離れるばかりだ。悪循環を絶つ改革が急務である

ロースクール制度の廃止でしょうか!?

法科大学院は統廃合などさらなる再編で、質を高める取り組みが欠かせない

ここがよく分からないのですが,「統廃合」や「再編」で,ロースクールの質が高まるのでしょうか?

ローAとローBが統合し,AとBの教員全員ではロー経営にとって教員数が多すぎるので,各科目ごとに優秀な教員を審査,選別し,実力が不足し雇用できないとなった教員はローを去る……というのであれば,「質が高まる」と言えると思いますが,実際にはローと各教員との話し合いで(教員としての実力とは関係なく)去就が決まっているのではないでしょうか。
そうであれば,「統廃合」しても,特にロースクールの質は高まるとは言えないと思います。

実際に多く起きているのは,「質を高める取り組み」と言えるほど積極的なものではなく,経営難に陥ったロースクールが消極的に経営を維持できない,廃校になっている,ということではないでしょうか。

今年の司法試験で法科大学院修了者の合格率は20・68%だった。平成18年に始まった新試験制度で最低となった。

新制度では20校程度の法科大学院で鍛え、司法試験合格率は7〜8割を想定していた。それが最大74校が乱立して低迷した。

「司法試験合格率7〜8割」という想定はよく聞きますが,寡聞にして「新制度では20校程度の法科大学院」を想定していたとは,初めて聞きました。
ソースはあるのでしょうか。

むしろ,7〜8割という「数字が一人歩きした」という,多くの若者の人生に影響を与えながらまるで自己に責任がないかのようなロースクール制度設計者の無責任な発言は,どこかで見ましたが。

すでに32校が廃止や募集停止予定だが、継続する所でも合格率数%という大学院が少なくない。

文部科学省は合格率の低い大学院への補助金削減を始めた。統廃合を促すための政策だが遅きに失している。このままでは教育の信頼を失い、自ら首を絞めるとの強い危機感で臨むべきだ。

来年度の補助金基礎額がゼロの最低評価となった大学院が7校ある。複数の大学が連携してカリキュラムや指導態勢の充実を図るなど思い切った手が必要だ

教育力はあまり問題ではないと思います。
それは,教育をまったく受けていない予備試験組が,法律事務所など社会から受け入れられていることからもわかります。

問題は,増えない法的需要と,増やしすぎた弁護士という供給の受給バランスが崩れたことであって,供給を調整するために,そのネックとなっているロースクール制度をなんとかしなくてはならない,という点だと思います。

ただ合格率にとらわれるだけでは法曹養成改革の意味がない。
幅広い人材を集め、対話型授業で識見ある人材を育てる当初の理念を忘れず進めてもらいたい。法学部卒以外の社会人を受け入れるコースを充実させる大学院が出てきていることは歓迎したい。

教育力の問題と同じく,対話型授業も特に評価されていないと思います。
予備試験組が評価を受けていることで,これは裏付けられています。
それより,手間のかかる「対話型授業」のためにコストが増大し,これを嫌って優秀な若者が法曹の道を忌避する結果となっていることが問題です。

きちんと調べればネット上でデータも調べられると思いますが,「法学部卒以外の社会人」の合格率は,受験生の平均よりかなり低いと思います。
社会人にとって,合格する確率がかなり低いのに,現在の職を投げ打って無収入で数年の時間を取られるのは,極めてリスクが高いでしょう。

司法試験の内容についても、短時間で狭い法律知識を試すような問題に偏らず見直してほしい

択一も当初の7科目(憲法行政法民法,商法,民訴,刑法,刑訴)から,旧司法試験と同じ3科目(憲法民法,刑法)に減って,司法試験で問われる範囲はむしろ減っています。
選択科目も廃止が検討されています。

また,「狭い法律知識」に偏らない問題,というものが何を指すのかはっきりしませんが,一般常識的な知識である程度解ける問題,というのであれば,大きな問題があると思います。

そもそも司法試験(資格試験)は,「法律的な知識・素養のある者」を勝たせて,「法律的な知識・素養の不足する者」を負けさせて,前者を的確に選抜するものです。

受験生は,試験日には,精神的に緊張もするでしょうし,体力的にもキツイ中で,一般常識やその場でのヒラメキで合否が左右されるような問題だと,こうした選抜機能がうまく働きません。
受験生から見ると,どんなに基本書や判例を勉強しても,試験当日のヒラメキなどの不確実な要素で合否が決まるとすると,それは大きな不安材料となります。

政府は司法試験合格者年3千人という当初目標の下方修正を余儀なくされ、今年は1500人以上の目標をかろうじて上回った。

3000人,1500人という合格者の絶対数で語るのはあまり意味がなく,需要と供給のバランスとの関連で考えるなら,弁護士の総数との関係を考察する必要があります。
弁護士には定年はありませんが,仮に60歳になった弁護士が引退すると仮定すると,その方々が弁護士になったのは合格者500人時代でしたから,年間500人の弁護士が引退することになります。
1500人の合格者であったとしても,毎年1000人の増員となり,大幅な増員であると評価するべきでしょう。

弁護士会の中から、こうした目標を「大幅に減らすべきだ」との声があるが、疑問だ

社説氏の個人の感想ですが,この後に理由が示されます。

弁護士や裁判官などの地域的偏在は解決されていない。

弁護士はともかく,裁判官は,裁判所が修習生の中から採用するのですから,弁護士会は関係ないのではないでしょうか。
また,これまで合格者2000人が続いた時代でも,裁判官の採用は目立って増えていませんから,合格者の増員と裁判官の増員,地方への赴任は関連がないと言えます。

災害被災地など長期的、組織的な法律家の支援を必要としている場がある

災害対応は,むしろ一時的,短期的なものではないでしょうか。
28歳で弁護士になった者が,60歳まで30年間,災害対応を仕事にするのでしょうか?

高齢者や子供を守る法曹の支援の重要性は増している

具体的に何をイメージしているのかが明らかではありませんが,たとえば高齢者の特殊詐欺などをイメージしているのであれば,警察や消費者センターなども支援する者にあたります。
産経新聞は,警察官や消費者センターの相談員の増員も主張されるのでしょうか?

企業や官公庁、国際舞台で法律知識と交渉力を持つ人材が望まれている。

まず,産経新聞が,修習生を毎年1000人くらい採用してみてはどうでしょうか。
残った修習生が毎年500人となり引退する弁護士と同数となって,(産経新聞所属以外の)弁護士の総数が維持されるので,需要と供給のバランスが回復すると思います。

弁護士会はこうした現状をみつめ、もっと活躍の場を広げ、法曹の仕事の意義や魅力アップの方策を考えてはどうか。

弁護士は個人事業主であって,弁護士会に雇用されている従業員というわけではないので,弁護士会が何を言おうとも,自己の責任で自由に事務所を経営すると思います。

弁護士会ができるのは広報活動など限られていると思いますが,弁護士の経済的価値が低下している以上,霞を食って生きるというわけにもいきませんので,構造的な若者の法曹離れが改善するとは残念ながら思えません。