タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

注文の多いロースクール

2人の若い紳士が,弁護士になる道を模索して歩いていると,にわかに司法制度改革の空気が湧き立ち,連れていた一発試験の「旧司法試験」が2匹とも泡を吹いて死んでしまった。

彼らは「金太郎飴答案の弊害があった」、「論点主義の弊害があった」と、表面的なメリットだけを気にする。

やがて,青年たちは,豪華な校舎を発見する。

そこには「ロースクール 山猫軒,司法試験合格率は約7割〜8割です」と記されており、2人は安堵して校内へと入っていく。


入ってみると、「当校は注文の多いロースクールですから,どうかそこはごしょうちください。」という注意書きがあるのに気付く。

これを2人は,「司法制度改革の理念に基づき,真の法曹を育成するための質の高い教育を行っているので、注文が多いのだろう」と善意に解釈する。



扉を開けると、そこには「司法試験に関係のない,一般教養科目の単位をとること」との注意書きがあった。

2人は話し合った。

「さすがロースクールだ。受験対策だけでない,人間性を育む真の教育を行っているのだろう」
学部の一般教養科目と,何が違うのかわからないけどね



次の扉を開けると、「未修で3年,既修で2年,ロースクールでしっかりと勉学に励むこと」との注意書きがあった。

「さすがロースクールだ。十分に時間をかけて,受験対策だけでない,人間性を育む真の教育を(以下略)」
卒業したら,ストレートの人でもかなりの年齢になってしまうけどね



さらに次の扉を開けると、「数百万の学費を納めること」との注意書きがあった。

「さすがロースクールだ。質の高い教育を行うには,それに見合うだけの費用がかかるのだろう」
まだ働いてもいない若い人が,多額の借金を抱えてしまうけどね



さらに次の扉を開けると、「修習は貸与制になりました」との注意書きがあった。

「学ばせてもらうのに,給料が出るというのは国民の理解を得られないからね」
研修中に給料が出るのは,防衛大学校などもあって実は珍しくもないし,ロースクールの赤字の穴埋めにまわしているのが本当の理由なんだけどね



さらに次の扉を開けると、「弁護士が過剰になり,就職難です」との注意書きがあった。

「資格を取っただけで食えないのは,どの職業も同じ。弁護士は特権階級ではないからね」
ただ単に競争があるだけならいいけど,弁護士にはロースクールの学費と時間の負担があるから,これからは普通の人は弁護士になろうとは思わなくなるけどね



さらに次の扉を開けると、
人々のお役に立つ仕事をしていれば、法律家も飢え死にすることはないであろう。飢え死にさえしなければ、人間、まずはそれでよいのではないか。その上に、人々から感謝されることがあるのであれば、人間、喜んで成仏できるというものであろう。高橋宏志
との注意書きがあった。

2人は顔を見合わせ、これまでの注意書きの意図を察する。
これまでの注文は,プロセスによって質の高い弁護士を育成するためのものではなく,失政の結果,ロースクール生に無用な負担を強いたものにすぎなかったのだ。

気付くと、戻る扉は開かず、前の扉からは目玉が二つ、鍵穴からこちらを見つめている。

これまで費やした目玉が飛び出るような学費と時間を思うと,そのあまりにひどい仕打ちに,2人は身体が震え、ただただ泣き出してしまい、顔は紙くずのようにくしゃくしゃになってしまう。

そのとき、後ろの扉を蹴破って、死んだはずの一発試験の2匹が「予備試験」と名前を変えて現れ、先の扉に向かって突進していく。
格闘するような物音が聞こえたあと、まるで魔法の杖を一振りしたかのようにロースクールの校舎は跡形もなく消え、2人は寒風の中に立っているのに気付く。

そこへ予備校講師が現れ、2人は予備校へ通い、やがて予備試験を経て弁護士となっていったが、ロースクールにかかったサンクコストのあまりの大きさに驚いてくしゃくしゃになった顔は、どうやっても元には戻らなかった。


あとがき

ロースクールって,注文が多い割には人を幸せにしないなあ,と思ったことから着想を得ました。

「卒業後,5年経ったら受験資格を喪失すること」という注意書きも考えましたが,冗長にならないようにするため,省略しました。

次は,芥川龍之介「藪の中」あたりを,暇があれば書きます。


元ネタ

注文の多い料理店

あらすじ

イギリス風の身なりで猟銃を構えた2人の青年紳士が山奥に狩猟にやってきたが、獲物を一つも得られないでいた。

やがて山の空気はおどろおどろしさを増し、山の案内人が途中で姿を消し、連れていた猟犬が2匹とも恐ろしさに泡を吹いて死んでしまっても、彼らは「2千4百円の損害だ」、「2千8百円の損害だ」と、表向き金銭的な損失だけを気にする。

しかし、山の異様な雰囲気には気付いたらしく、宿へ戻ろうとするが、山には一層強い風が吹き、木々がざわめいて、帰り道を見つけることができない。

途方に暮れたとき、青年たちは西洋風の一軒家を発見する。そこには「西洋料理店 山猫軒」と記されており、2人は安堵して店内へと入っていく。

入ってみると、「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはごしょうちください。」という注意書きがあるのに気付く。

これを2人は「はやっている料理店で、注文が多いために支度が手間取る」という風に解釈して扉を開けると、そこには「髪をとかして、履き物の泥を落とすこと」という旨の注意書きがあるだけだった。

以後、扉を開けるごとに2人の前には注意書きが現れる。中には「金属製のものを全て外すこと」といった少し首をかしげる注意書きもあったが、「料理の中に電気を使用するものがあって危ないからだ」というように、2人はことごとく好意的に解釈して注意書きに従い、次々と扉を開けていく。

しかし、扉と注意書きの多さを2人がいぶかしんだ頃、

いろいろ注文が多くてうるさかつたでせう。お気の毒でした。
もうこれだけです。どうかからだ中に、壷の中の塩をたくさん
よくもみ込んでください。

という注意書きが現れ、二人は顔を見合わせ、これまでの注意書きの意図を察する。

これまで、衣服を脱がせ、金属製のものを外させ、頭からかけさせられた香水に酢のようなにおいがしたのは、全て2人を料理の素材として食べるための下準備であったのだ。

「西洋料理店」とは、「来た客に西洋料理を食べさせる店」ではなく、「来た客を西洋料理として食ってしまう店」を意味していた。気付くと、戻る扉は開かず、前の扉からは目玉が二つ、鍵穴からこちらを見つめている。

あまりの恐ろしさに二人は身体が震え、何も言えず、ただただ泣き出してしまい、顔は紙くずのようにくしゃくしゃになってしまう。

そのとき、後ろの扉を蹴破って、死んだはずの2匹の犬が現れ、先の扉に向かって突進していく。

格闘するような物音が聞こえたあと、気付くと屋敷は跡形もなく消え、2人は寒風の中に服を失って立っているのに気付く。

そこへ山の案内人が現れ、二人は宿へと、やがて都会へと帰っていったが、恐ろしさのあまりくしゃくしゃになった顔は、どうやっても元には戻らなかった。

wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A8%E6%96%87%E3%81%AE%E5%A4%9A%E3%81%84%E6%96%99%E7%90%86%E5%BA%97