タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

「逆風のなか、あえていう−それでも法科大学院は必要だ」久保利英明弁護士(中央公論2013年2月号)にあえていう−法科大学院は不要だ

久保利英明弁護士が記事を書かれていましたので,読ませて頂きました。

全体の印象としては,・・・う〜ん,何だかよく分からない,という感じでした。

少なくとも,これを読んで,読者が「法科大学院は必要だ」と思えるような内容ではなかったと感じました。


私なりのまとめですが,記事の構成は以下のようです。

前半は,法科大学院が苦境に陥ったことの分析
中盤では,大宮ローでのユニークな教育内容と,司法改革を始めた当初の目論見,すなわち法曹一元化,また企業内弁護士,地方自治体の勤務弁護士など新たな需要の話し
後半では,三振法務博士への意外な需要(?)

このうち,法科大学院の必要性を訴えているのは,どの部分なんだろうか・・・?

法科大学院が苦境に陥ったことの分析(前半)

これは,「そうだね」とは言えても,それが「法科大学院の必要性を訴えている」とは思えません。
多額の学費がかかることを指摘されていますが,それなら法科大学院を廃止して,司法書士試験でやっているような一発試験にすればいいのでは,と言いたくなります。

また,法科大学院が苦境に陥った要因として,

合格者が,当初3000人とされていたにも関わらず2000人に留まったこと
合格率が,当初7割程度とされていたにも関わらず2〜3割に留まったこと

を挙げ,さらに,だがそれ以外の要因もある,として,

三振法務博士に対する社会的評価が低いこと
法曹三者が増員を歓迎していないこと

を挙げられています,・・・が,どうなんでしょうか。

新人弁護士の初任給の平均が,例えば600万〜700万であれば,「三振法務博士に対する社会的評価が低」かろうとも,「法曹三者が増員を歓迎していな」かろうとも,新規参入者が殺到すると思いますが。

大宮ローでのユニークな教育内容と,司法改革を始めた当初の目論見(中盤)

大宮ローでの教育はともかくとして,司法改革を始めた当初の目論見,その中の「新たな需要論」については,それが質的,量的に十分な需要であれば,そもそも「苦境」に陥っていないのではないでしょうか。
時系列的に,前の話しをされても,「?」という感じです。

(記憶なので,正確な数字は忘れましたが)
企業内弁護士について,2004年から8年くらいで700人くらい増えたことが指摘されていますが,弁護士の増加のペースはそれをはるかに上回ります。
つまり,弁護士の純粋増加は毎年1500人程度(合格者が毎年2000人増え,引退されるであろう合格者500人時代の弁護士が毎年500人減る)ですので,8年であれば12000人,純増しています。
企業内弁護士が8年で700人増えたとしても,純増弁護士の1割も吸収できていません。
ケタが1つ違います。焼け石に水,といったところでしょう。
しかも,弁護士があぶれ,企業としては割安な人件費で「買い」やすくなった状況での,この数字ですので,悲観的にならざるを得ません。

法曹一元化については,法曹増員がそのためだったというのであれば,法曹一元化は実現されていないのに,法曹増員だけが実行されており,現状はいびつな状態とも言えます。
そうであれば,法曹一元化が実現される目途がないなら,法曹増員=法科大学院もやめよう,という,必要性と言うよりむしろ廃止論の根拠ともなりえそうな話です。

三振法務博士への意外な需要(後半)

筆者のことを,ロースクール賛成派と知っている企業の経営者の方が,自社で新規採用予定があるので,「ローで面白い教育をしているそうですね。卒業生でいい人がいたら紹介してくれませんか?」といった程度の話しだと思います(想像です)。

採用側としたら,来年も司法試験に挑戦する人だと,受験勉強に注意が向いて,仕事への集中力が殺がれますし(cf精力分散防止義務),幸いにもその卒業生が合格したら,退社してしまうわけですから,長く勤めて欲しいと思えば,受験資格を残した受験生は採用したくないはずです。
それで,「三振した人でいい人はいないか」となるのだと思います。

また,「間に合わないくらい」依頼が多いとのことですが,筆者も著名な弁護士でお忙しいでしょうから,例えば3社からでもこのようなイレギュラーな依頼があれば,通常業務が圧迫されて,「間に合わない」感じになるのではないか,それを多少,誇張して書かれているのではないかと想像しています。

(これが事実であると仮定すれば)一般社員としての採用の申し出が数件あったという程度の話しです。

仲良し経営者からの数件の好意の申出を,年間数百人の三振者を生むローの必要性にまで拡大するのは,針小棒大にすぎるでしょう。

ローの教育への信頼

この記事の根底に流れるのは,ローの教育への信頼です。
具体的には,ローは「実務感覚」を教えてくれる,稀少な場らしいです。

そうした意識は,以下のような記載に見られます。

実のところ,法科大学院のなかには,知識の丸暗記をさせるような学校も少なくない。
けれども,試験には受かっても実務感覚を教え込まれていない弁護士では成功できないだろう

そもそも,「法科大学院のなかには,知識の丸暗記をさせるような学校も少なくない」というのが,「それは一体ドコ情報だ」と問い詰めたい衝動にかられますが,これはあえて置いておくとして,(ロースクールで)「実務感覚を教え込まれていない」弁護士は成功できないそうです。

しかし,実務感覚は,実務に出て覚えればいいのではないでしょうか。

ロースクールの教室や図書館で3年勉強するより,予備試験に合格して3年実務で学んだ方が,「実務感覚」は身に付くと思うのですが・・・

学費を払って,ある意味「お客さん」的な立場で,教室事例を学ぶより,弁護士として,ミスをしたら責任を取らされる緊張感にさらされながら,実際に困っている人に接してリアルな事件を経験し,しかも自分の収入にも関係する方が,面白いし,余程,知識や「実務感覚」を吸収すると思います。

しかも,以前別の記事では,予備試験合格者に対して,もうロースクールに行かなくたっていい,ということを書いておられましたが・・・

ローに行かないと「試験には受かっても実務感覚を教え込まれていない弁護士では成功できない」から何が何でもローに行った方がいいのか,どっちが本当の主張なのでしょうか?

当ブログ
「若くて優秀な法曹ってウソでしょう−予備試験を再考する」を再考する(久保利英明弁護士The Lawyers2012年11月号)
筆者が薦めるのは,ロースクール進学ではなくて一人旅なんですね!!!!!
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20121117/1353128887

アジャストする(適応する)ということ

もう1つ感じるのは,適応することへの確信犯的な拒絶です
たまたま最近,日弁連会長のブログで,ダーウィン(が言ったとされている)言葉が紹介されていました。

日弁連会長のブログ
2013年1月 7日 (月)
ダーウィンは言ったのか
最も強いものが生き残ったわけではない。知能の高いものが生き残ったわけでもない。最も環境の変化に適応できたものだけが生き残ったのだ。」という言葉が、ダーウィンの語った言葉として伝えられていることも有名です。
http://jfba.cocolog-nifty.com/blog/2013/01/post-f83c.html

そして,日弁連会長は,合格者数を減らすことを提案されています。

結局,ロースクールの(潜在的な)お客さんである法曹志願者は,現在の法曹養成制度に適応しているわけです。
つまり,現在,法曹になることはハイリスク,ローリターンであるとの状況判断をして,ローを回避する(または予備試験に流れる),という行動に出ているわけです。

これに対して,ロースクールにおけるリスク低減,つまり既に入学した学生に対してであれば,第三者機関の審査に引っかからない限度でなるべく受験に役立つ授業をする,という「適応」する方向でなく,むしろこれを嫌悪し,理念に走った結果が,現実に適応できず,ローの統合という生き残り戦略としての失敗となったのだと感じました。