タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

ソクラテスメソッド不要論

かなり古いものですが,一時ネットでも話題になった安念教授の発言です。

平成22年11月9日(火)
第6回法科大学院(法曹養成制度)の評価に関する研究会の議事録

【安念教授】
次に、ソクラティック・メソッドの機械的な実行はしておりません。ソクラティック・
メソッドがいいと信仰している人がおりますが、どこを見てああいうことを言っているん
でしょうかね。アメリカの大学でも、ソクラティック・メソッドが成功しているのはアイ
ビーリーグを中心とする極めて優秀な大学だけです。当たり前の話です。ソクラティック・
メソッドがいい場合もありますが、それは極めて優秀な教師が極めて優秀な学生とつき合
っているときだけでございまして、それ以外では学級崩壊いたします。私もハーバードロ
ーに留学しておりましたが、教師も学生もやっぱり優秀ですよ、だけど、学級崩壊になる
ところを見ました。彼らは授業というのはああいうもんだって思っているから成り立って
いるだけの話であって、日本の学問、特に日本の法律学は、細部にわたる綿密さを過剰な
までに求めますので、そのようなところでは、ソクラティック・メソッドだけの授業なん
て絶対成り立ちません。これ、成り立つと言っている人がいるなら、私、見せていただき
たい。お客様から見れば、ソクラティック・メソッドは、大抵の場合、迷惑なんです。そ
もそも体系的な知識が何にも残りませんからね。
http://www.soumu.go.jp/main_content/000102515.pdf

私は,ソクラティック・メソッド(以下,「ソクラテスメソッド」)には反対です。

反対と言うより,正確には,効率が悪いのでやらない方がいいと思っています。

ソクラテスメソッドの実際

理屈は後回しにして,現実にソクラテスメソッドをやるとどうなるか。

本を読めばいいような,基礎知識の確認で多くの時間を費やすことになります。

例えば,刑法のある授業の時間に,先生が学生に質問したが,学生がうまく答えられない。

よくよく聞いてみると,単に学生の前提知識の中で,客体の錯誤と方法の錯誤の区別ができていないことが原因だった。

そして,その学生に客体の錯誤と方法の錯誤の区別を説明するのに,5分費やした。

その間,50人の学生を待たせた。

5分×50人=250分=4時間10分の時間が消費された。

こんなことが往々にして発生するのですよね。

もっとも,学生のレベル(学校のレベル)によっても,こうした浪費が起こる確率は左右されますが。

4時間10分もあれば,例えば択一の問題を1問解くのに10分かかるとして(実際にはこんなにかからないでしょう),25問解くことができます。

25問,刑法の錯誤に関する択一の過去問を解き終えたら,その学生は,錯誤の分野については合格レベルまでマスターしているでしょう。

一方,講義室で5分の説明を受けても,50人の学生にとって,それほど知識は残らないと思います(ゼロとは思いませんが)。

こういう非効率を大大的にやっているのが,ロースクールだと思っています。

安念教授のおっしゃる,「学級崩壊」が何を指しているのかは分かりませんが,ソクラテスメソッドが学習効率が悪い,時間経済的に非効率だ,とは強く感じます。

ソクラテスメソッドが使える状況ではどうか

他方,学生のレベルが高く,多くの学生が基礎知識をすでに習得していて,これを土台とした高度な法律の議論ができると仮にしたら,ソクラテスメソッドは有効でしょうか?

この場合は,その科目,その分野は既に習得したとして,他の科目や他の分野を勉強した方がいいと思います。

司法試験は範囲が広いですし,記憶は薄れるものなので,合格のためには既にマスターしたところを過剰にやるのは,時間が有限であることを考慮に入れると非効率的です。
弱い科目,分野を勉強した方が,トータルでの点は伸びます。

一般には難関と言われる司法試験ですが,所詮は弁護士などに「なろうとする者」に必要な学力があるかを判定する試験なので,学者レベルを目指す必要はないのです。

参考

司法試験法
(司法試験の目的等)
第1条 司法試験は、裁判官、検察官又は弁護士となろうとする者に必要な学識及びその応用能力を有するかどうかを判定することを目的とする国家試験とする。
http://www.houko.com/00/01/S24/140.HTM

ですので,わざわざソクラテスメソッドを使って,習得度の高いその科目をわざわざ勉強する必要がありません。

合格率が3割を切るような現在の状況下では,試験の点につながりにくい無駄な勉強をする時間はありません。

仮に,当初言われていたように,合格率が7割〜8割の状況であれば,基礎知識の習得を前提とした高度な議論も成り立つと思います。

使えれば無用,使えなければ有害なメソッド

ソクラテスメソッドについて考えると,参議院不要論の理屈を思い出します。

参議院は,衆議院と一致していれば無用,不一致であれば有害,というものです。

フランスの政治家エマニュエル=ジョゼフ・シエイエスが主張した「第二院は第一院と同じ意思決定をするのなら無駄である。また、異なる意思決定をするなら有害である」という伝統的な不要論がある。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%82%E8%AD%B0%E9%99%A2%E4%B8%8D%E8%A6%81%E8%AB%96

ソクラテスメソッドは,これが使えるような状況であれば無用,使えなければ有害なのです。