タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

「予備試験受験者がこれほど多いのは,心の貧困によるものか」浜辺陽一郎,青山学院大学法務研究科教授

少し前に炎上しておりました。

浜辺陽一郎教授facebook
「今年の法科大学院入学者が2,698名しかいなかったのに,司法試験予備試験受験生は1万人を超えるとの報道。
日本の法科大学院の学費などは,アメリカのロースクールと比べれば全体として遙かに安く,経済的負担はかなり軽減される仕組みがあるのに,いろいろ理由をつけて予備試験受験者がこれほど多いのは,いかに司法制度改革のことも知らず,手前勝手に「自分だけはできる」と勘違いしているか,とにかく早道でエリートの切符がほしいという人が大勢いることを示している。
心の貧困によるものか,または何も知らないで司法試験を目指す人たちが,こんなに多くいるなんて・・・。
どういう気持ちで予備試験を受けているのか,よく調べてもらいたい。
もちろん,ごく一握りの人たちは,何やってもできますが,そんな「ペーパー試験合格」の一発屋を社会が望んでいるわけがないでしょう。」

いろいろと突っ込みどころはありますが。

現行法以上の要件を要求する法律家

これを素直に読むと,「法曹志願者は,司法制度改革のことをよく知って,手前勝手な勘違いをせずに,早道やエリートの切符を欲しがらずに,よく考えて司法試験を受験するように」といったあたりが,浜辺教授の要望と読めます。

しかし,現行法上だれでも予備試験を受けることができるのですから,現行法上の要件以上のものを加重する,という発想に,根本的な違和感を覚えます。

たとえば,制限時速40キロの道路があったとして,そこは道幅が狭いことなどを主張して,「事情をよく知れ」「急ぐな」などと言い,法律上の制限時速にかかわらず30キロ以下で走行することを要求するようなものです。

個人的な考えを基に,法律以上の制限を人に要求することがおかしいですし,もしその根拠(「道幅が狭いことなど」)が正当であるとすれば,それは立法の不備ということなのではないでしょうか。
いずれにしても,その道路を走行する人を非難するのは筋違いというものです。

また,よりによって法律を教える人間が,現行法の規律を軽視するかのような発言をされたことが,個人的には痛い印象でした。

もっとも,ロー賛成派の人たちの一部には,法科大学院の教育の魅力で予備試験から学生を呼び戻すことが不可能なので,真正面から戦ったら勝ち目がないこと悟っておられるからかどうかは分かりませんが,プロレスで言えば反則技の凶器攻撃にあたるような,予備試験受験者の人格をおとしめるような発言に終始する方がおられますので,今回のこの発言も「またか」という感じで,それほど心を乱されることもありませんでした。


法曹志願者数の回復が「今(やること)でしょ」

それよりも,反論としての以下の発言の方に,私は,浜辺教授の現状認識の誤り,現状に対する危機感の薄さの露呈に感じられ,深い憂慮を感じました。

「世界的に通用する人材を育てるためには、昔の試験信仰は通用しないのです。
そのためのプロフェッショナルスクールを育てていくことが必要です。
これが司法制度改革審議会で議論した結論でした。
そこで創設された法科大学院で学んだことは決して無駄にならないようなキャリアをいかに切り開いていくかが重要なのであり、その前提としての法科大学院をいかに充実させていくかが大きな課題です。」

プロフェッショナルスクールを設立し,そこで法曹のプロフェッショナルを養成する方向を目指す,というのがこの発言の前提にありますが,それこそが弁護士の質の低下を招き,法曹業界を危機に陥れるものだからです。

弁護士の質の良し悪しは,教育の有無というよりもむしろ法曹志願者の多寡に影響を受けています。

上位1500人の平均レベルは,50000人の中から選んだ方が,3000人の中から選んだ場合より,はるかに高いものになるでしょう。
スポーツでも,オリンピックでのメダル獲得のなどのためにトップ選手の育成を図る場合に,競技人口のすそ野を拡大して,多くの競技人口の中から高い素質ある者を選ぼうとします。

司法改悪の是正として今目指すべきことは,教育機関の育成ではなく,法曹志願者数の回復です。
そのためには,司法試験受験のための費用的,時間的コストを可能な限り下げることが有効です。
これにより多くの人が少ない投資で司法試験に参戦しやすくなり,またこれらのコスト低減は,残念ながら合格できずに撤退する場合のリスクの低減にもつながり,参戦時の心理的なハードルをも同時に下げる効果を持ち,これが法曹志願者数の回復に直接的に結びつくでしょう。

一方,金と時間を学生に強いるロースクールは,コスト削減とは真逆に学生に対して膨大なコスト負担を課しており,資格取得コスト,リスクを増大させ,法曹志願者数の激減を招いています。
このことは,司法改革が始まってからの10年で,歴史的に証明されていると考えます。
司法制度改革が始まる前ならまだしも,これほど深刻な危機が現実になってきており普通に考えれば問題点が明らかににもかかわらず,いまだに「プロフェッショナルスクール」の育成に期待をかけている人間を見ると,一体今まで何を見ていたのかと,深い憂慮を感じざるを得ないのです。