法曹養成制度検討会議,第3回会議 議事録,P20〜P21
○井上委員
法曹志願者の減少を食い止めるということも考えれば,司法試験の在り方も密接に関係するのですけれども,法科大学院の問題としても,いわば選択と集中によって法科大学院の全体の規模を適正化するということも恐らく必要になってくる。
この文脈で「選択と集中」と言う言葉を使うことに,かなりの違和感がありました。
そこで,ネットで検索すると,以下のような記事がありました。
1.選択と集中の意味
選択と集中「Selection and Concentration」
自社の得意な事業領域を明確にし経営の資源を集中的に投下する戦略。企業は人、物、金、情報の4つの資源を事業に投入することで営業活動を行っています。この資源を効率的に投資して多くの利益をあげることが経営そのも のです。
もちろん,一義的に明確な定義があってそれ以外は間違っている,というわけではないかもしれません。
しかし,感覚的には,この定義は,よく説明されていると思いました。
会社で言えば,採算性の低い部門を思いきって閉鎖して,そこで節約した人(労働力)と金を,採算性の高い部門に投入して,その部門が生み出す商品やサービスの価値をより高めて,高い競争力を保持する,というようなことでしょう。
人,金が集中されるのか?
井上委員の発言に違和感を持った理由の1つは,井上委員が言うような「選択と集中」によって,人,金が集中するのか,という点です。
ここで前提事実の確認ですが,井上委員が言う,法科大学院における「選択と集中」とは,合格率の低い下位ロースクールを潰すことのようです。
しかし,それによって,例えば人,つまり教員が,上位ロースクールに集中,つまり転職するのでしょうか?
上位ロースクールが,潰れた下位ロースクールの元教員を採用して,教育の質を今以上に高めようという計画があるのでしょうか?
多分,そうはならないでしょう。
そうであれば,下位ロースクールが潰れても,上位ロースクールに「人」は集中しないわけです。
金についても,基本的には,下位ロースクールが潰れることによって上位ロースクールに集まることはありません。
当然ですが,別の法人,別の主体なので財布が別だからです。
他校のローが廃止され,赤字部門がなくなったとしても,別の学校の経済には関係ありません。
もっとも,金について多少複雑なのは,これまで下位ロースクールに出されていた補助金が削減でき,上位ロースクールの補助金が増えたとすれば,補助金を介して結果的に金が上位ロースクールに集まるということもあるかもしれません。
競争力が高まるのか?
下位ロースクールを潰すことで,法科大学院の競争力が高まるのでしょうか。
そもそも論ですが,通常は1つの企業体について行う経営戦略のことを「選択と集中」というわけでして,複数の学校法人の集まりである「法科大学院群」について「選択と集中」をする,ということ自体,意味が分かりにくいです。
そこで,想像するに,ここでいう「法科大学院の競争力」とは,他の業種との関係で,法科大学院進学ひいては法曹になることの魅力が高まる,ということでしょう。
要するに,法曹志願者つまり適性試験出願者が激減しているので,これを回復させよう,ということなのでしょう。
では,ここで初めの問いに戻って,下位ロースクールを潰すと適性試験出願者が回復するのでしょうか?
以前のエントリーにも書きましたが,井上委員の認識では,下位ロースクールは「法科大学院全体に対する信頼を損ねている」面もあるそうなので,こうした悪評のあるロースクールを廃止すれば,法科大学院全体に対する信頼ひいては適性試験出願者も回復する,という主張のようです。
法曹養成制度検討会議第4回議事録
○井上委員,P23
統廃合と定員削減の問題ですけれども,統廃合につきましては,文部科学省の資料にありますように,特に苦戦しているというか,成績が伸びないところの学生数というのは,全部合わせても実数ではそれほど大きな数ではなく,統廃合したからといって全体的な学生数を大きく減らすというものではありませんけれども,法科大学院全体に対する信頼を損ねている面があることは確かなので,統廃合というものを進めて,全体としての信頼を回復,あるいは確保するよう図らざるを得ないという点では皆様と意見は一致しています。
法曹養成制度検討会議第4回議事録,井上委員2012/11/29
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20121224/1356340433
しかし,そうしたことがあるようには思えません。
法曹志願者は,例えばある下位ロースクールの合格率が極めて低かったとしても,野球のドラフトのように,本人の意思に関わらずどこの球団に配属されるか分からないというわけではないのですから,学校選択の考慮要素として合格率を重視するのであれば,合格率の高いロースクールを選んで入学します。
また「法科大学院全体に対する信頼」低下程度の雰囲気的な弱い根拠で法曹志願者がロースクールを忌避している,というのであれば,たった10年程度で問題点が続出するような劣悪な司法制度を作った人間が,その改革を検討する会議のメンバーとして大きな発言力を持っているということも,司法制度に対する信頼を大きく損ない,法曹志願者を減らす要因となるでしょう。
そもそもの適性試験出願者の激減の要因は,弁護士の就職難と収入の低下といった,かけるコストにまったく見合わない経済的リターンの著しい低下でしょう。
この本質を無視して,見かけの合格率だけ操作しても,適性試験出願者は回復しないでしょう。
「撤退」を「転進」と言い換えるのに通じるうさんくささ
結局は,制度設計ミスにより,法曹志願者が激減して下位ロースクールが学生を確保することができなくなり,経営難から撤退するということでしょう。
そして,仮に合格率が低くても存続を希望して頑張っている下位ロースクールがあったとしても,補助金が無駄だし,全体の見かけの合格率が下がるから,強制的に退場させることも今後は検討しますよ,ということです。
これは,国としても,決して望んだ状態ではないはずです。
第二次世界大戦のとき,敗戦による撤退を「転進」と言い換えて大本営発表がされていましたが,「選択と集中」というどこかで聞いたようなマーケティング用語を誤用してまで持ってきているのは,制度設計ミスによるロースクールの撤退を,せめて大本営にとって都合よく聞こえるように言い換えているにすぎない,姑息なやり方ではないかと思うわけであります。
また,第二次世界大戦の後期では,大本営発表の虚偽報道を基にして作戦を立案,実行した結果,さらに甚大な被害を被ったそうです。
司法制度改革に関しては,済んだことはもう仕方ないですので,せめてこれからの改革において,正しい情報,情勢分析に基づいて改革を進めて頂くことを望んでいます。
大本営発表
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E6%9C%AC%E5%96%B6%E7%99%BA%E8%A1%A8