こんな夢を見た。
法科大学院教授の室を退がって、廊下伝いに図書館の自分の固定席へ帰ると、点けっぱなしだった蛍光灯がぼんやり点ともっている。
本棚の芦部憲法の右に手を差し込んで見ると、思った所にちゃんとあった。あれば安心だから、芦部憲法をもとのごとく直して、椅子にどっかり坐った。
教授が、「法科大学院を潰して、少数化し、地方から中央に集中化し、文科省はコントロールを強めようとする。」
などと現状誤認としか思えないことをのたまうものだから、
「それはただ単に、法科大学院の教授と学生が無能で、司法試験予備校と予備試験受験生が有能なだけですよ。」
と誤解を正そうとしたのだが、
「きいた風なことをいうな!!」と恫喝された。
そして、お前は天下のロースクール生である。ロースクール生ならロースクール衰退の原因が悟れぬはずはなかろうと教授が云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前はロースクール生ではあるまいと言った。人間の屑くずじゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜くやしければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向こうをむいた。怪しからん。
図書館の広間の据えてある時計が次の刻を打つまでには、きっと悟って見せる。もし悟れなければ自主退校する。ロースクール生が辱められて、在籍している訳には行かない。綺麗に自主退校してしまおう。
こう考えた時、自分の手はまた思わず芦部憲法の右へ這入った。そうして予備試験の願書を引き摺り出した。この予備試験に合格したら、このロースクールをたちまち退校してやりたくなった。身体の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている手が汗ばむ。唇がふるえた。
願書を元の封筒へ収めて机の右隅へ置いておいて、それから椅子の上で全伽を組んだ。――。ロースクール衰退の原因とは何だ。糞教授めとはがみをした。
70余校というロースクールの乱立……3000人という肌感覚で決めたいい加減な目標合格者数……供給過多による就職難と弁護士の経済的価値の下落……ロースクールの高すぎる学費と時間的拘束……ロースクールの赤字の穴埋めのための修習の給費制廃止……試験にも実務にも役立たない授業……予備試験の圧倒的な合格率と就活に有利なブランド力……
ロースクール衰退の原因どころか、どうやったらこんな制度がうまくいくと思ったのか、逆に問いたい。
お前は本当に法曹を養成したいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、学者の就職場所を作りたかっただけちゃうんかと。
そのうちに頭が変になった。蛍光灯も本棚も椅子も有って無いような、無くって有るように見えた。と云ってロースクール衰退の原因は、ありすぎてかえって混乱する。ただいいかげんに坐っていたようである。ところへ広間の時計がチーンと鳴り始めた。
はっと思った。右の手をすぐ予備試験の願書にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。
元ネタ
元発言(twitter)
https://twitter.com/kyodogenso/status/553884079800594432
単語記事: 吉野家コピペ
http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%90%89%E9%87%8E%E5%AE%B6%E3%82%B3%E3%83%94%E3%83%9A
夢十夜 夏目漱石
http://www.aozora.gr.jp/cards/000148/files/799_14972.html
第二夜
こんな夢を見た。
和尚おしょうの室を退さがって、廊下ろうか伝づたいに自分の部屋へ帰ると行灯あんどうがぼんやり点ともっている。片膝かたひざを座蒲団ざぶとんの上に突いて、灯心を掻かき立てたとき、花のような丁子ちょうじがぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。
襖ふすまの画えは蕪村ぶそんの筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近おちこちとかいて、寒さむそうな漁夫が笠かさを傾かたぶけて土手の上を通る。床とこには海中文殊かいちゅうもんじゅの軸じくが懸かかっている。焚たき残した線香が暗い方でいまだに臭におっている。広い寺だから森閑しんかんとして、人気ひとけがない。黒い天井てんじょうに差す丸行灯まるあんどうの丸い影が、仰向あおむく途端とたんに生きてるように見えた。
立膝たてひざをしたまま、左の手で座蒲団ざぶとんを捲めくって、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直なおして、その上にどっかり坐すわった。
お前は侍さむらいである。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚おしょうが云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間の屑くずじゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜くやしければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向むこうをむいた。怪けしからん。
隣の広間の床に据すえてある置時計が次の刻ときを打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室にゅうしつする。そうして和尚の首と悟りと引替ひきかえにしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。
もし悟れなければ自刃じじんする。侍が辱はずかしめられて、生きている訳には行かない。綺麗きれいに死んでしまう。
こう考えた時、自分の手はまた思わず布団ふとんの下へ這入はいった。そうして朱鞘しゅざやの短刀を引ひき摺ずり出した。ぐっと束つかを握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃はが一度に暗い部屋で光った。凄すごいものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先きっさきへ集まって、殺気さっきを一点に籠こめている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮ちぢめられて、九寸くすん五分ごぶの先へ来てやむをえず尖とがってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体からだの血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇くちびるが顫ふるえた。
短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽ぜんがを組んだ。――趙州じょうしゅう曰く無むと。無とは何だ。糞坊主くそぼうずめとはがみをした。
奥歯を強く咬かみ締しめたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。
懸物かけものが見える。行灯が見える。畳たたみが見える。和尚の薬缶頭やかんあたまがありありと見える。鰐口わにぐちを開あいて嘲笑あざわらった声まで聞える。怪けしからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香の香においがした。何だ線香のくせに。
自分はいきなり拳骨げんこつを固めて自分の頭をいやと云うほど擲なぐった。そうして奥歯をぎりぎりと噛かんだ。両腋りょうわきから汗が出る。背中が棒のようになった。膝ひざの接目つぎめが急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。無むはなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜くやしくなる。涙がほろほろ出る。ひと思おもいに身を巨巌おおいわの上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕くだいてしまいたくなる。
それでも我慢してじっと坐っていた。堪たえがたいほど切ないものを胸に盛いれて忍んでいた。その切ないものが身体からだ中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦あせるけれども、どこも一面に塞ふさがって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。
そのうちに頭が変になった。行灯あんどうも蕪村ぶそんの画えも、畳も、違棚ちがいだなも有って無いような、無くって有るように見えた。と云って無むはちっとも現前げんぜんしない。ただ好加減いいかげんに坐っていたようである。ところへ忽然こつぜん隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。
はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。