タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

「法科大学院 制度の空洞化を見直せ」信毎WEB,02月06日(木)

信州大ローの廃校を受けて書かれた記事と思われますが,マスコミによくある間違いが多くありました。

参考
信大法科大学院、募集停止検討 司法試験合格率低迷で - 信濃毎日新聞
http://www.shinmai.co.jp/news/20140203/KT140131ATI090006000.php

法科大学院 制度の空洞化を見直せ
http://www.shinmai.co.jp/news/20140206/KT140205ETI090008000.php

志願者減少は、法曹希望者自体が減っていることもあるが、
法科大学院を経ないで司法試験の受験資格を得る予備試験を選択する人が増えたのが大きな要因だ

法科大学院の「空洞化」の原因は,予備試験か?

記事タイトルにもなっている,法科大学院の「空洞化」の原因は,予備試験に法曹希望者を奪われたことだ,という主張のようですが,そのように因果関係をとらえるのは間違っています。

以下は,適性試験出願者数についての,総務省のデータです。

初回の平成15年をピークとして,出願者数は,ほぼ一貫して毎年減少しています。

http://www.soumu.go.jp/main_content/000082030.pdf

一方,予備試験出願者のデータですが,うまく公式のデータが見つからなかったのですが,こちらの法務省のホームページを見ると,平成23年から始まったことが確認できます。

http://www.moj.go.jp/jinji/shihoushiken/jinji07_00027.html

つまり,平成16年,平成17年の法曹希望者を,平成23年以降の予備試験が奪った,と考えるのは無理があります。
(予備試験開始まで我慢して待った法曹希望者も,ゼロではないと思いますが)

また,年度という形式面だけでなく,より実質面を推測しても,一口に「法曹希望者」と言っても,ロー進学者と予備試験志願者とでは,重なっていない層があることも十分に考えられます。

以下のように,経済力とロースクール希望度で,それぞれ高い,低いで2×2=4パターンあることが,考えられます。

経済力(ロースクールに行けるか) ロースクール希望度(ロースクールに行きたいか)
行ける 行きたい
行ける 行きたくない
行けない 行きたい
行けない 行きたくない

あえて名付けると,以下のようになるでしょう。

経済力(ロースクールに行けるか) ロースクール希望度(ロースクールに行きたいか) 名称
行ける 行きたい 司法制度改革の「本道」組
行ける 行きたくない 抜け道,エリート
行けない 行きたい 司法制度改革の犠牲者(行けない派)
行けない 行きたくない 司法制度改革の犠牲者(そもそも行きたくない派)

このうち「抜け道,エリート」については,「予備試験があったためにロースクールを回避した」と言えるかもしれません。

他方,「司法制度改革の犠牲者(行けない派)」と「司法制度改革の犠牲者(そもそも行きたくない派)」については,予備試験があったからこそ,法曹へのチャレンジができた層です。

言い換えると,予備試験があらたに開拓した法曹志願者,と言うことができます。
こうした層については,予備試験がロースクールから奪ったわけではありません。
予備試験がなければ,端に法曹への道を断たれていただけで,どの道,ロースクールに行くことはなかったからです。


予備試験が「抜け道にならないよう、授業料の減免や奨学金の拡充など大学院進学に向けた配慮を厚くするべき」か

記事では,最後に「授業料の減免や奨学金の拡充」という,学生への経済的援助をすることで,空洞化を阻止しよう,と主張しています。

これでは、受験技術偏重を排する法科大学院創設の意義は空洞化してしまう。多様な人が法曹になるため、経済的事情を考慮するのは大切だ。それが抜け道にならないよう、授業料の減免や奨学金の拡充など大学院進学に向けた配慮を厚くするべきだ

これが,記事の中で最も筆者が何も知らないで書いたと思わされる箇所です。

そもそも,法科大学院の廃校が相次いでいるのは,結局は経済問題です。
採算がとれなくなって,潰れているわけです。

単純に,「安売りすれば客は戻る」という問題ではないと思います。

安売りして,例えば半額にしたとして,学生が2倍に増えてようやくトントン,2倍以上に増えれば「安売り」成功となりますが,2倍以下に留まれば,かえって収益が悪化します。
(本当は,補助金等がありもっと複雑ですが,あえて単純化しています)

もし問題にするのであれば,価格設定や学生の費用負担ではなく,真正面からロースクールの教育の価値,さらには弁護士の経済的価値を問題にするべきでしょう。


ロースクールの教育の価値

考えてみれば,ロースクールの学費以上の買い物は,世の中にないわけではありません。

家や車などがそうですが,これらの物を,望んで購入する人は多いです。
なぜかといえば,当然ながら,払った対価以上の価値を,その物に認めているからです。

物理的な物ではなくサービスという意味では,結婚式(場)も,学費以上の費用がかかることがあります。
しかし,「抜け道」と称して結婚式を避ける人ばかりではなく,結婚式をあげるカップルも多くいます。
なぜかといえば,結婚式(場)というサービスに,対価以上の価値を認めているからです。

ひるがえって,ロースクールという教育サービスでは,この点はどうなのか。

要するに,多くの人が,その教育サービスに,学費に見合う価値を認めていないのです。
それも当然でしょう。
少し前,旧司法試験の時代には,独学で(予備校費用は,ほぼ必須のものとしてかかりましたが)司法試験合格レベルの実力を身につけましたし,今でも,予備試験を経由することで,同じことをすることが可能です。

また,仮に予備試験を完全に廃止して,ロースクールを出ないと法曹になれない制度にしたとしても,「独学でできる程度のことに,なぜ高い学費を払わせるのか」という不満は残るかとは思います。

ですので,ロースクールの教育サービスの価値を,学費に見合うくらいに飛躍的に上げることが,問題の本質的な解決には必要でしょう。


弁護士の経済的価値

さらに,司法試験受験資格の付与権限を握り,弁護士業界と密接な関連があるロースクールの効用については,特に,弁護士の経済的価値ともリンクします。

つまり,ロースクールの価値がそれほどではなくても,弁護士の経済的価値が高ければ,それに連動してロースクールの価値も高く評価されやすくなります。

ところが,現在のワーキンググループも,合格者2000人は維持したいようで,弁護士の供給過多,弁護士の経済的価値の低下傾向は当分続きそうな状況です。

これは,タコが腹が減ったからといって自分の足を食べるようなタコ足状態,短期的利益(学費収入)のみを気にして,長期的利益(弁護士の経済的価値の低下に連動したロースクールの価値の低下)を損なうことをしている状態だと思うのですが,それを自覚していてやむなくやっているのか,自覚していないのか不明ですが,司法制度「改悪」は進んでいます。



このように,本来問題にすべきなのは,ロースクールの教育の価値と弁護士の経済的価値であり,そして現状では,両者とも低いままで改善の見込みはないのですから,その結果として,ロースクール制度の衰退は止まる見込みはないでしょう。


追記,ロースクールの教育コストの低減

ロースクールは,教育価値の向上を目指すより,その教育コストの低減を図る方が,現実的,効果的だと思っています。

具体的には,ネットを使った方法です。

そして,e-ラーニングで検索したら,こんなのがでてきました。

司法修習開始前研修(事前研修) - 日本弁護士連合会
http://www.nichibenren.or.jp/legal_apprentice/lawschool/jizenkensyu.html

司法試験合格後,修習前の人に対してできるなら,ロースクール生にもできない道理はないでしょう。

もっとも,ロースクール制度の隠れた動機は,ロースクール教授というポストの創設であり,平たく言えば,ロースクールは,非効率,高コストこそを目的としているようなところがあるので,こうした本当の意味での「教育改革」には,極めて腰が重いでしょう。

このあたりは,別エントリーでいつか書きたいと思っています。