タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

司法試験予備試験 受験予定者1万人超,NHK5月19日

たまたまテレビのニュースも見ていました。

司法試験予備試験 受験予定者1万人超

法科大学院は入学者の数が年々減少して全国的に定員割れが相次ぎ、
質の高い法律の専門家を全国で養成しようという司法制度改革の理念が揺らぐ事態になっています。
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130519/k10014682541000.html


ところで,司法制度改革の理念を実現することになっている法科大学院が不人気,という事実について,論理的にはいくつかの可能性が考えられると思います。


可能性1 法科大学院の教育が,司法制度改革の理念を現実化するようなものになっていない

弁護士が,資格があれば即食えるわけではない,というのであれば,法科大学院も,設立して学生に授業を行えば,即その設立の理念を実現したことにはならないと思います。

そもそも法科大学院そのものが,司法制度改革の理念を実現できるようなものではない,という可能性がありえます。

受験指導禁止と,合格率アップを追求という相反する要求の板挟みの中で,受験指導もできなければ,かといって後に控える司法試験のプレッシャーの前で,創造的,独創的な教育もできない,ということで,ローの教育が機能不全になっている可能性はあるでしょう。


可能性2 法科大学院の教育は,理念を実現できるものであるが,法曹志願者にそのように評価されていない

法科大学院の教育は良いものであるが,その良さが入学前の法曹志願者に分かってもらえていない可能性です。

しかし,ローの学生からも法科大学院は批判を受けることもありますし,ローの学生が予備試験に殺到している現状を考えると,むしろ,ローの教育が「良くないこと」が明らかになっている(ばれている)のではないでしょうか。


可能性3 法科大学院の教育は,理念を実現できるものであり,そのような評価も受けているが,費用と時間のコストに見合わないと思われている

法科大学院の教育サービスが一定の評価を受けていると仮定してもなお,それが,かかるコストに見合わないものであれば,当然ながら結局は敬遠されてしまいます。

「中核だから」「本道だから」などという抽象的な理由だけで,数百万と数年の時間をつぎこんでまったく問題ないような,大富豪の子どものような人間は,ほとんどいないでしょう。
自分の人生において,ロースクールがコストとリターンとの関係でペイするか考えるのは当然のことであります。


可能性4 司法制度改革の理念そのものが評価されていない

そもそもですが,理念そのものが実現されなくてもいいと思われている場合です。

理念が実現されても,とりたてて取り上げるようなメリットがない,または,逆に,予備試験を経由して,ロースクールを経ないことで司法制度改革の理念に触れずに弁護士になって,何らデメリットがない,と思われているようなケースです。



いずれにしても,法科大学院制度そのものに大きな欠陥があるということですので(さらに欠陥が複数,複合していたら目も当てられない),予備試験を貶めたからといって,法曹志願者がロースクールに戻ってくるとは限りません。
そのまま法曹の道からドロップアウトしてしまう人たちが多く出てくるだけでしょう。

仮に法科大学院の存続を目指すとしても,法科大学院制度の欠陥に向かい合わないと復権は難しいでしょう。

ブロックカードで覚えた論証のキーワードを吐き出すかのごとく,「リネン」「チューカク」と抽象的なワード叫び続けるだけでは,ロー賛成派同士の共通言語とはなり得ても,反対派や国民を説得するのは厳しいと思われます。