タダスケの日記

ある弁護士の司法制度改革観察記録

有識者会議が弁護士の経済的価値の低下に無関心なことが法曹志願者激減の最大の原因

法科大学院等特別委員会の議事録が公開されていました。

法科大学院等特別委員会(第80回) 議事録:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/041/gijiroku/1403212.htm

井上委員「法曹志願者減少の最大の原因は,司法試験が難関であること」

【井上座長】

ただ,我々としてできることは限られており,その結果,どうしても後手後手に回ってしまって,志望者がどんどん減っていく。法科大学院として集めたくないわけではなく,集めようと努力してきたにも拘わらず,学生の方が志望してこなくなってきているというのが実情なのですね。それはなぜかといいますと,様々な原因があるのでしょうが,やはり最も大きいのは司法試験が難関であることであって,特に法学部出身でない学生がその難関を突破することがますます難しくなっており,それが更に志望者の減につながっていっている。つまり,そのような状況では,特に社会人の方とか,いろいろなバックグラウンドの人たちも,法科大学院に入ってからの確固としたキャリアプランが描けないわけで,そういうところにリスクを冒して入ってきてくれるかというと,それはかなり無理な話になっている。そういう構造的な問題点をどうにかして変えていかない限り,問題は解消しないのですけれど,その点で私たちとしてできることには限界があって,そこを崩せないでいる。

井上委員は,会議の発言の中で,法曹志願者減少の最大の原因は,司法試験が難関であることである,との認識を示しました。

難関である,ということは,司法試験の合格率が低く狭き門であり,合格者が多数輩出されない,ということなのでしょう。

そして,特に社会人にとっては,「法科大学院に入ってからの確固としたキャリアプランが描けない」,つまり,現職を投げ捨ててロースクールに入学しても,合格して弁護士になれる見込みが不透明であって,そうした状況では,不合格リスクを冒して入学してくれないだろう,と問題点を指摘しています。

しかし,これは間違いだと思います。

よくある反論ですが,旧司法試験のときは,合格率は3%程度でしたが,5万人を超える多数の志願者を集めていました。
「合格率が低く,キャリアプランが描けない」のであれば,旧司法試験でも,そのあまりの難関さのため,志願者の減少が問題となりそうですが,そうした事実はありません。このことを,井上委員はどう説明するのでしょうか。

法科大学院離れの最大の要因は、司法試験合格率の低迷だ」2014/4/19付日本経済新聞 - タダスケの日記
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20140419/1397923127

法曹志願者減少の最大の原因は,弁護士の経済的価値が低下し,弁護士資格が不合理に高い買い物となったこと

法曹志願者減少の原因は,単純な話で,数千万もかけて年収300万の資格なんて買いたくない,ということだと思うのです。

法科大学院に進学することは、2000万円から2億円に相当する金銭的な機会損失を背負うことを賭けた、人間の人生を賭けた大勝負だと思います。 - Yahoo!知恵袋
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q12107977267

法科大学院に進学するとかかる経済的負担 - タダスケの日記
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20160324/1458833255

弁護士資格の取得コストは,いろいろな算定方法があると思いますが,数千万と算定してもそれほど誤りではないでしょう。

それが,弁護士の仕事が増えない一方で,弁護士数だけが激増したため,弁護士のインフレ化を招き,その収入が激減したのです。

数千万をかけて300万円の年収,そんな資格を一体誰が取得したいと思うだろうか(反語表現)。

ワイが司法制度改革の失敗を簡単に解説するスレ - タダスケの日記

13: 名無しさん@おーぷん 2016/01/09(土)22:13:04 id:DSh
合格者=500人だった時代のこととか学校で習ったやろ?
計算的には固定500人時代の弁護士が毎年500人ずつ引退するのに対して,例えば2000人の合格者を出すって言うのは、毎年1500人の激増により弁護士のインフレ化が進むということなんや

18: 名無しさん@おーぷん 2016/01/09(土)22:15:32 ID:5m0
弁護士の経済的価値が低下した云々ってやつか

19: 名無しさん@おーぷん 2016/01/09(土)22:17:30 id:DSh
>>18
まさにそれやで!

法曹志願者の減少にはいろんな要因があるんやが、そのうちの重要な一つに「コストパフォーマンス」があるんや!
例を挙げて説明するで

普通に企業に就職したら年収300万
ロースクールと修習に逝って,4〜10年勉強漬けになって,借金まみれになって年収300万

こういう状況なら、頭のいい人は「普通に就職した方が100倍いいやんけ!せや、弁護士になるなんてやめたろ!」ってなるわな

経済学になじみのない人にとってはようわからんかもしれんが、資格取得後の見込み収入と言うのは重要なんや
見込み収入が高ければ「もっと借金して自分に投資して勉強したろ!」って若者が増えるし
見込み収入が安ければ「借金してまで自己投資なんてできへん....」って若者が増える
つまり見込み収入はそのままロースクール人気に直結するんや!

また当然ロースクールに入学すると$を使わなあかん,経済的負担になる
やからみんなロースクールを嫌がるんや!
こうなるとロースクールが不人気になるから,どうしても弁護士になりたい人には予備試験が人気になるやで

http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20160114/1452788742

弁護士の経済的価値の低下を決して直視しない有識者会議

弁護士の経済的価値の低下については,有識者会議においても,和田委員がすでに2012年に指摘しています。

「弁護士という職業の経済的な価値」2012/9/18法曹養成制度検討会議 和田委員意見より - タダスケの日記
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20120929/1348920375

2 意見の理由
(2) 現状の分析
司法修習修了者の就職難は、弁護士という職業の経済的な価値が急速にしかも大きく低下してきていることを意味している。とくに会社員や公務員等の職にある人は、今の職による収入を失ってまで弁護士を目指そうとは思わなくなってきており、大学生も、将来の安定した職業として選択しなくなりつつある弁護士という職業の経済的な価値の低下が志願者が激減した理由の1つであることは、間違いないと思われる

これに対して、司法試験の合格率が低いから志願者が集まらないと言われることもある。しかし、では合格率を上げれば志願者が増えるかというと、もし司法試験の合格率を上げるために合格者を増やした場合には、弁護士という職業の経済的な価値がさらに低下して、結局志願者がさらに減少するに至ると思われる。これは、通貨の量を需要以上に増やすと通貨の価値が下がるというインフレと同様に、弁護士の数も増やしすぎたために経済的な価値が下がり、他の職業との比較でなりたい職業とは思われなくなりつつある、ということである。司法試験の合格率を上げれば志願者が集まるという主張は、弁護士という職業の経済的価値はいかに数を増やしても低下しないという、経済原則を無視した考え方であるように思われる。

http://www.moj.go.jp/content/000102270.pdf

これほど明快な考察がすでに6年前にされている関わらず,この「弁護士の経済的価値低下説」(弁護士インフレ説)は無視され続けています。

それどころか,「弁護士の経済的価値低下説」からすれば,法曹志願者のさらなる減少を帰結する,合格者の増加,または維持が真顔で主張される有様です。

合格者を抑制すると,ロースクールが十分な入学者を確保できず,その経営が困難になるため,合格者の増員を主張せざるを得ないのでしょう。

こうした,弁護士のインフレに対して,有識者会議が真剣に取り上げ議論していれば,数年のうちに,弁護士の経済的価値を維持する政策が行われることが期待され,そうした状況を見た潜在的法曹志願者も,法曹の道へ進んでくれるかもしれません。

しかし現状では,有識者会議は,弁護士インフレ説を徹底的に無視しており,この先10年,20年と弁護士の過剰供給によるインフレ状況が進む一方になると思われます。

そんな先のない業界に,選択肢が多い若くて優秀な人材が,入ってくると思えるでしょうか(反語表現)。


司法制度改革の悪循環 - タダスケの日記
http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20151210/1449702147

ロースクールエスト2〜悪霊の法学者たち〜 - タダスケの日記

目を覚ますと,経営難のため沈みゆくロースクールの一室に,あなたは倒れていた。
次へ

君はどうする?

司法試験合格者をさらに増やす

司法試験合格者を増やして,合格率を上げれば,法曹志願者が回復するかもしれない。

しかし,弁護士を激増させると,インフレ化により弁護士の経済的価値が下がり,法曹志願者が減少するというジレンマに直面した。

弁護士激増をごり押しする

弁護士のインフレ化がさらに進んだ。新人弁護士の就職難が話題になっている。

迷走する法曹人口問題に対して,国民は呆れている。
(法曹志願者数-5000人)

http://d.hatena.ne.jp/tadasukeneko/20180318/1521382126

ロースクールエスト2〜悪霊の法学者たち〜
https://writer.inklestudios.com/stories/x8wf

おまけ 「5年一貫コース」について

今回の議事録を見ると,学部3年+ロー2年の「5年一貫コース」が,時間的負担軽減の改善策として議論されています。

しかし,そもそも本質が,数千万のコストをかけて,年収300万の資格を買いたくない,という話なので,たかだか6年が5年になって1年短縮しても,大きく改善するとは到底思えません。

しかも,5年コースということは,要するに学部の早い時点で法曹を目指すという「決め打ち」を強いられるわけです。

【大月専門職大学院室長】

そもそも「5年一貫コース」となれば,学生には,3年次のときに決断を頂くというよりは,2年次,早ければ1年次から周知していただく必要があるかなと思っております

しかし,実態として,学部3年くらいから法曹に興味を持ち出すことも不自然ではないので,そうした学生のコースへの編入が問題となります。委員から,そうした指摘もありました。

【大貫委員】

例えば法学部に入って3年ぐらいになってから,よし,法曹になろうというのは結構いたりするわけです。そういう人たちがうまくこの法曹養成コースにのるというんだったらいいんですけれども,余りタイトに作ると,最初からもう決まっていますから,なかなか途中参入ができないということになってしまいます。それではいけないのではないかという気がします。

また,「コースに途中から入る」問題とは別に,「コースに途中から出る」という問題もあると思います。
つまり,1年から法曹を目指すと「決め打ち」をして履修していたけれど,やはり合わないと感じて法曹コースをやめるとなった場合に,どういった取扱いになるのか,という問題です。

「5年一貫コース」は,随分と持ち上げられていますが,メリットが小さい割には解決しなければならない問題点が多く,いつものように弥縫策に終わるような気がします。

また,「5年一貫コース」で感じるのは,今まで戦力としてみなしてこなかった学部を,ロースクールが苦戦しているので,新たに戦力としてカウントして考えようという,戦時中の学徒動員に似た話だと思います。

太平洋戦争では,日米の圧倒的な国力差により,そもそも勝つことは非常に厳しく,戦況の悪化により学徒動員による非戦闘員の戦力化を考えざるを得なくなるまでに追い詰められました。

「5年一貫コース」についても,なぜ,「非戦闘員」であった学部の戦力化を考えざるを得なくなるまで追い詰められているのか,を考えるべきです。
それは,弁護士の激増により,若い人から見て法曹資格のコストパフォーマンスが圧倒的に悪化したからであり,この本質の改善を考えなければ,小手先の工夫をしたところで事態の改善には向かわないであろうと思います。